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[S5]一即一切・一切即一と即非の論理(1)

《注》 今回は、「です」「ます」調で書きます。そうでないと、逆に書きにくい気がしますので。

 超越者の示す世界・宇宙の真実相の問題を展開するにあたっては、展開者である私がどういう位置にいるのか、ということを明らかにする必要がありますが、それは後述する方が便宜なので、後回しになります。                                                                      なぜこういうことをお断りするかというと、ここでの問題を理解するには、私の経験からすると、一種の自覚体験(いわゆる悟り)が必要となるのではないか、と思われますが、とりあえず、私の理解に従って中心的内容を早く展開し進めていくことを先行させます。

  さて、表題に出しておきました『一即一切、一切即一(いちそくいっさい、いっさいそくいち)』というのが、華厳経の世界観であるということは、ほとんどの方が御存じのことと思います。

  『事柄をある程度、対象化・実体化しながら(そうしないと、分別知では理解できない)、かつ宗教的世界観に迫る』ためには、私はこれが一番わかりやすいと思いますので、これを取り上げてまいります。
  『事柄をある程度、対象化・実体化しますので』、わかりやすいといったのであって、我々の地平から見ると決してわかりやすくはありません。私には、これを理解するためには、多少の『悟り』が問題になるように思えるのです(但し、禅宗は、この程度の悟りは、悟りとして問題にはしていないようです)。したがって、わからなくても気を落とさないで下さい。頭の隅に引っかけておけば、必ずそのうちにわかるようになります。

  なお、私の理解に沿って『事柄をある程度、対象化・実体化しますので』、すなわち、できるだけ『相』として描きながら、『無相』に近いものに仕立ててまいりますので、本当の意味での華厳経の理解として正しくないかもしれませんが、それは私を越えた問題になりますので、お許し戴くほかありません。

まず、私たちの認識中枢の欠陥というものをできるだけ自覚できるように、少しショッキングなことからはいります。

《もう一人の私》 ここから、俺も入れてくれ。しばらく登場させてもらえなかったんで、退屈であった。

今ここに、茶飲み茶碗があります。そして、
『この茶碗は、この茶碗ではない。』と言ったらどうでしょうか。

《もう一人の私》 『Aは、Aでない。』っていうのか。無茶言うな。

それでは、もう一つ、『この茶碗以外の一切のもの』を考えて下さい。

《もう一人の私》 『この茶碗以外の一切のもの』って、それ以外の何から何まで全部ってことか。

そこで、『この茶碗』は、《この茶碗以外の一切のもの》である。』といったらどうですか。

《もう一人の私》 『Aは、非Aである。』ちゅーことか???。                                     おまえなあ、この茶碗が、《この茶碗以外の一切のもの》であるはずがないだろうに。

『一即一切、一切即一』という捉え方がわかっている方は、『この茶碗は、この茶碗ではない。』という論理もわかるんです。『この茶碗は、《この茶碗以外の一切のもの》である。』ということもわかるんです。

《もう一人の私》おいおい、ほんとかよー。

ところで、ここで金剛般若経(よく、単に金剛経という)のことも持ち出しておきましょう。華厳経の『一即一切、一切即一』と同時解決を図ります。これは、御存じの方も多いかと思いますが、鈴木大拙が『即非の論理』と呼ばれたものです。

    (注)金剛般若経・・・仏教情報の窓  【ブログ本文中に登場する書籍】 参照

『即非の論理』

       A は、A でないが故に、A である。

or    A は、非A であるが故に、A である。

金剛般若経の最後のところは、この論理が繰り返されます。

すなわち、

   この茶碗は、この茶碗ではないが故に、この茶碗である。

《もう一人の私》 もう、おれ、ダメだ。頭の中がごちゃごちゃだ。                                                         しかし、全くわからないことが書いてあるから、お経っていうのは、                    ありがたいんじゃないのか。

じゃあ、頭がごちゃごちゃになったついでに、『一即一切、一切即一』に戻ると、       ここでは、『一』が茶碗、『一切』は、無限の宇宙ということにしましょう。            後々、『即』の意味が、ポイントになってきますが、ここでは単純に「である。」にしておくと、

      この茶碗は、無限の宇宙である。無限の宇宙は、この茶碗である。

《もう一人の私》 すっきり、わかったとは言えんが、金剛経よりはまだましだ。わかるような気がしないでもない。でも、茶碗が宇宙だとは、ちょっと大袈裟じゃないのか。

私も何か一つ言っておこうかな、え~と、

   地球が太陽の周りをまわっているから、このお茶はおいしい。

《もう一人の私》 ちょっと、飛躍し過ぎじゃないの。通は、そんなこといわないよ。

ああ、それから、もう一ついっておこう。『一即一切、一切即一』という宗教的世界観からすると、個というものは、ないということになる。個物も個人もなくなってしまう。

《もう一人の私》 ちょっと待て。俺はお前の分身だから、俺はなくなってもいいよ。でもな、太郎と花子がなくなったら困るだろう。それに、茶飲み茶碗がなくなったら、お前、どうやってお茶飲むんだ。

もう、これくらいで準備はいいでしょう。

《もう一人の私》  準備はいいって、おまえ、今日は完全に頭がおかしいよ。延期して、別の日にした方がいいんじゃないの。

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それでは、これからこういったことが理解できる、私としては一番わかりやすい例を出してみます。手落ちがあるといけないから、中学生でもわかるように丁寧にやっていきます。台風12号と名前をつけておきましょう。台風12号の話です。

そして、これから台風12号の正体、すなわち真実相というものを捉えていただくという作業に入ります。それから以後、私は真実相のことを、実相といってまいります。

《もう一人の私》  おいおい、台風の何たるかぐらい、今更やらなくったって、わかってるよ。

では、はじめます。実相を直観できるように、誘導するんですから、馬鹿にしないで、丁寧についてきて下さい。

  台風とは、簡単にいえば空気の渦(うず)です。竜巻を大きくしたようなものです。
海面の温度が上がります。暖められた温度の高い空気が上昇気流になります。そうすると、上昇した空気が元あった場所はカラッポになり、そこに周囲にある空気が流れ込みます。そしてまた上昇気流になります。もっとも温度の高い位置が中心になります。なぜなら、そこが一番上昇気流の流れが速いからです。中心に流れ込む空気は、北半球では地球の自転の力学的影響でやや斜めに流れ込み、左巻きになります。さあ、ここで台風12号の渦巻きができました。

  一応この程度のところで考察してみましょう。

  まず、頭の中で仮りにでかまいませんから、適当にこの辺が台風と台風でないところの境界線だというところをイメージしてみて下さい。水平方向だけでなく、垂直方向、すなわち上と下にも台風の境界線を作って下さい。そうすると、その境界線の内側が台風で、外側は台風ではないということになります。
  そこで、自分の頭の中で、台風の外側にある台風でないものをすべて取り去って完全に無の状態にしてみて下さい。海もありません。地球もありません。太陽もありません。その他一切のものがありません。
  どうですか、そこに台風という個物が残りましたか。

台風というものも成立しなくなって、消えてしまうでしょう。

では、今度は、取り去ったものを一つずつ、適当に加えて元の台風に戻してみて下さい。

  自分の頭の中で想定した台風の内側と台風ではない外側がいかに『入り組んでいるか』が直観的につかめればいいのです。その『入り組み方』というものは、『無限に複雑な入り組み方』をしていませんか。

  この『無限に複雑な入り組み方』のありさまを、『一即一切、一切即一』の実相構造というのです。
  そして、その場合に台風12号を台風12号としてあらしめている事柄の総体が、台風12号の実相、すなわち台風12号の正体です。


[注] 即非の論理は、様々な次元の問題の認識に当てはめることができます。
   ここでは、もっともわかりやすい存在論的事例(現象)で説明しました。

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だいぶ、長くなりましたし、続きもまだ相当長いので、次の項に改めます。
内容的には、この項から連続しているものとして、お読み下さい。

以下をクリックして下さい。

[S6]一即一切・一切即一と即非の論理(2)
http://hokkai53.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_7536.html

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コメント

初めまして、突然すみません。
このたび「お悟りを求めて」というホームページを立ち上げまして、まだ日が浅く拙いサイトですが、このページの台風のたとえがあまりにも解りやすかったものですから、「空」の説明にそのまま引用させていただきました。リンクは設けさせていただきました。
よろしければこのまま使わせていただけましたら幸いです。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

投稿: osatori管理人 | 2013年3月 4日 (月) 15時36分

osatori管理人様

 初めまして。
御丁寧なメールを戴き、その上過分なお言葉まで頂戴致しまして、
却って恐縮いたしております。
拙文ですが、使っていただければ望外の幸せです。

西方法界

投稿: 西方法界 | 2013年3月 4日 (月) 20時01分

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