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[M2] 弥陀の来迎

--過渡的妄想① --

窓の中に映りゆき、あるいは、移りゆくよしなしことどもは、一切戯論。
なにひとつとっても信用ならない。
だから、いっそのこと、停電でもして真っ暗になっていればいい。
いやいや、ここは真っ暗でいて明るいのだ。

でも、真っ暗な闇の奧から一条の光がさしたときは、
それは阿弥陀如来の来迎か。

え、でも阿弥陀様って、自分が死んだときに迎えに来てくれるんでしょう。
いやいや、阿弥陀様には何回も足を運んで戴こう。

阿弥陀様が極楽浄土に連れて行ってくれるという話は半分嘘っぱち。
実は、もう半分は用事を言いつけにおいであそばされる。

しかし、それは『上意』でござる。
その通りやっていれば、問題は起きない。
責任はすべて阿弥陀様に取って戴こう。

[後記注]
  [M7] 内で書きました直観の湧出を弥陀の来迎と捉えたのですが、
  まだ、第七末那識・第八阿頼耶識の浄化が完了していない段階にあっては、
  直観もまだ汚れておりますので、この段階で直ちに弥陀の来迎と捉えるのは
  先走り過ぎた、と思っております。

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