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[M1] このカテゴリーの性格・定義

[カテゴリーの性格]

このカテゴリーは、無責任なカテゴリーでござる。
ただ、行き着く先は、なんとなくここしかない、という見当で、
独り言のように書いているだけ。
自分で自己暗示にかけるように、イメージ形成するように・・・・。

書いている内容は、本人にも説明不能。
なぜなら、自分自身でもよくわかっていないのでござる。
何から何まで、なんとなく見当で、そんな気がするだけ。
しかし、本人は大まじめでやっているのでござる。
人を化かそうとしたり、煙に巻こうとしているわけではないので、
読む方もそのつもりで読まれるように、お頼み申す。
何か言え、と言われれば、片言くらいは言えるかも・・・。

カテゴリー名『窓は空・空は窓』の、
『窓』は『自分』を意味し、『空』は『世界』を意味するのでござる。
すなわち、「自分は世界・世界は自分」ということ。
自分と世界は、同じ大きさということ。
ということは、窓も空もないところ、自分も世界もないところ。
自分と世界のサイズが同じとすれば、
いろいろ解決がついてくるような気がするのでござる。

H20.6.23

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[カテゴリーの再定義]

上記のような次第でこのカテゴリーを開き、先走りすぎた内容の
[M1~M5]までを書いてしまいました。
それを受けてこのカテゴリーは、本格的参禅もしたことがない未証拠者の
西方法界が、『宗教の窓』『窓の外は空』のカテゴリーから一歩進み出て、
何とか活路を開き、『窓は空・空は窓』の世界に突入してしまおうとする
無謀な試みをするカテゴリーと致します。

増上慢なことは承知の上で、強引に『窓は空・空は窓』の世界である
と、実存的に見立てて進みます。
宗門外にいて、それができるか、見立てているうちに、
いつの間にか本物になってしまうことを願いながら・・・・・。
とんでもないことですが、その道筋がつきそうな気がしてきているのです。

このことの明確な意味は、再定義後の最初の記載[M6]以降で明らかに致します。

なお、私はある方の親切なお導きの結果、このカテゴリーに至りました。
その他の方々の蔭のお力添えもあると思います。改めて感謝申し上げます。

H20.6.30

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